最近、こういうツイートを目にしました。
叱られ方研修なるものがTLで流れてるけど、叱られて効果があるのは、それ以上に大事にされている感覚があって、かつ「この人の言うことなら聞こうかな」と思える関係性が前提だから。
あと「叱る」には、恫喝、怒声、叱責、暴言、人格否定は含まれないから。— Nikov (@NyoVh7fiap) March 10, 2018
まず「叱られ方研修」なるものがあるのかというのがビックリ。
そしてこのツイートの内容から、いろいろ思い出すこともあって深く共感したんです。
今日はこのことから、今子育てをしている時の「叱る」そして「怒る」の違いと、
今までいろいろなご縁の中で感じてきた「叱る」「怒る」の違いを書いていきます。
[adsense]子育てをしていて思う、叱ると怒るについて
叱ると怒るって、広辞苑で調べると「怒る」の意味に「しかる」ってくるくらいなので、
実はほとんど同じことを表しているんですよね。
でも、子育ての場や仕事の場などの人間関係において、一般的に言われているのはこのふたつは別物だということ。
大まかに分けると、下記のような意味合いです。
「怒る」は自分のためにという矢印が向いていて、自分の感情のままに伝える。
「叱る」は相手のためにという矢印が向いていて、感情的にならずに相手をよりよくするために伝える。
で、子育てをしていると子どもは当然、親の思うようには動かないですよね。
違う人間なのですから当たり前ですし、コントロールなんてできないものです。
だけどあまりにも言うことを聞いてくれなかったり、手に負えないことがあれば、
そのときの子どもの行動をしっかりと見て認めてから伝えたり、
なぜ今そうしてほしいのかと理由を含めながら伝えることが必要になりますよね。
それも、叱るのひとつなのかなと思います。
それができているかというとまだまだ難しいところですが…。
で、僕はときには怒ることも、親子の関係だったらあり得るかなと思うんです。
例えば命の危険があったとき。
冷静になって淡々と伝えられれば良いのかもしれませんが、
もし子どもの命にかかわる何かがあったら…と考えると、
そういうときは本気の本気で伝えなきゃいけないこともあると思うんです。
親は子どもを守ることも役目だし、あなたのことが本当に大事だと伝えることも必要ですから。
だから、親子の関係であれば、時と場合によっては「叱る」もあれば「怒る」もある。
できれば「怒る」はない方がいいし、感情的にならずに諭せればよいかなとは思います。
日々精進ですし、これから子どもが大きくなってもっと物事わかるようになったら伝え方もいろいろ変わるでしょう。
その子の表現や考え方も大切にしたいですし、気持ちもちゃんと知りたい。
ちゃんと子供の行動を見守って、いけないときはなぜいけなかったのか、次はどうすればいいのか、
相手を想って伝えることのできる親でいたいです。
社会人になってからの「叱る」と「怒る」なら、相手を想う「叱る=導く」のみ
一社会人になってからは、しっかりと分別もわきまえていますし相手への思いやりも考えられますから、
このふたつの違いもわかるものです。
だけど未だにさまざまな職場や人間関係で、自分の感情のままに怒る人って多いです…。
今回のツイートで思い出したのはある仕事の関係でした。
そこは本当に自分のやりたいことはこれだ!という気持ちをもって入った職場だったので、
慣れない現場もありましたがすごく充実した毎日でした。
あるとき別プロジェクトに異動になって上司が変わったんです。
そのプロジェクトもすべて一から始める現場だったので四苦八苦することがありました。
そんな中、その上司から言われた一言は今でも忘れません。
「お前の人生になんて興味ないしこれからもよくなってほしいなんて思わない。とりあえずこの仕事はやれ」
この言葉を言われてからすべての価値観が狂ったんです。
こういうことを言う人がいる仕事だったなんて…と。
その仕事への好きもどんどん薄くなっていき、
その上司とも関わることがすごくつらくなりました。
他にも、このツイートの画像部分の否定の言葉は全て言われました。
https://twitter.com/axgxexmxo/status/972712609072861184
総務や人事労務の方ともこの現状を伝えたりしましたが、上司もいろいろ抱えているから分かってくれと…。
ここに、ちゃんと聞いてくれる場所はないと感じ、
もう仕事を続けられなくなって、退社することになりました。
僕はこの出来事からも、相手を想わない伝え方や、自分の感情のままに伝えるのは本当は違う。
相手の状況をちゃんと見て、伝えるのが本当に大切なんだと感じています。
その場合、仕事の現場などの上司対部下や社会人対社会人であればどういう伝え方が良いのかと考えると、
別の言葉にするなら「怒る」は問題外で、「叱る」でも少し足りず、
「導く」が一番しっくり来るかなと思うんです。
上司であれば多少でもその仕事を理解しているわけだから、
相手が自分以上のスキルや考えを身に着けるために導く。
社会人同士であれば同じゴールを達成するために関わることが多いので、
相手への信頼感や期待を伝え、自信を持って協力していくために導く。
そのように、想いの部分であなたのことを認めている、が伝わるように、
「導きあう」ことが大切だと思っています。
お互いに感じることができれば、皆がもっと向上心もっていろんなことに取り組める関係が作れると思います。
自分の過去を振り返って、再び子育てに思うこと
子育ての場では先述したようにちゃんと相手を想うことができる心を養っていきたいし、
もし社会人になってこういう現場になっても、
我慢して耐え続けるのではなく、子どもからちゃんと相談できる親でありたいし、
いつまでも親は子どもの味方だということは絶対に子どもの心に残しておきたいです。
お互いに尊重できる相手だからこそ。
理屈なく、心の底から大好きな相手だからこそ。
なにくそと負けない強さもある意味大切でしょう。
でも、我慢できなくなっていなくなってしまういろんなニュースを知っているので、
そのとき本人はどうしたいのかを同じ目線で考えてあげたいですね。どんなときも。
まずは、今すやすやと寝ている子どもたちの笑顔と、
妻の笑顔をこれからもずっと守るために、
この家族の軸として、おとーさんはがんばります!
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